金正恩はなぜ暴走するのか?
緊迫が続く朝鮮半島。カールビンソンが率いる米空母打撃群はいよいよ北朝鮮攻撃の射程内に入ったし、韓国国内にあるTHAAD(迎撃ミサイル)も実戦配備が始まった。もう、いつ半島で戦争が起きてもおかしくない状況だが、戦火を交えれば北朝鮮が米艦連合軍に勝てるはずもないのに、なぜに北朝鮮(というか金正恩)はああも強気に挑発を続けるのか?
それについては、多くの専門家がいろいろと分析をしている。代表的な意見は、国内政治・経済がボロボロなのでキム政権を維持するために外敵を作って国民の意識をそっちに向ける必要があるというもの。それはそれで一理あるが、しかしあの暴走ぶりはどうにも合理性に欠ける。
北朝鮮は地政学的に言って、中国、ロシア、そしてアメリカにとって非常に重要な位置にある。ということは、核兵器など持たずとも、外交的にロシア、中国、アメリカをうまく転がした方が国防という意味では合理的なはずだ。コストも安いし、国際政治を敵に回すこともなくなる。
しかし、金正恩はそのような地政学的な優位性をまったく無視。というか、自ら積極的に台無しにしているようにしか思えない。ロシア留学組の軍幹部を粛正し、2015年にはロシアの対ドイツ戦勝70周年記念式典をドタキャンし、プーチンに赤っ恥をかかせ、中国の「指導」もことごとく無視。本来は保護者であるはずのロシア、中国に喧嘩を売ってるとしか思えない行動をとり続ける。そして度重なる核実験とミサイル発射実験。これはアメリカ、韓国、日本だけでなく、世界に喧嘩を売る行為だ。むちゃくちゃである。
なぜ、金正恩はこのような無謀な行動を取っているのか?
そこにはたぶん、合理的な理由はなくて、感情的な要素が強いのではないかと思う。そして、感情的なものは実際に言って現地の空気感を知った人間無ければ理解できない。メディアで北朝鮮情勢を解説している専門家の多くは、実際に北朝鮮には行ったことがないと思う。そもそもあの国に行くのはハードルが高いし、軍事や政治の専門家がおいそれと行ける国ではない。だから、読み切れないことも多いと思う。
僕は2002年に北朝鮮を訪れたことがあるので、テレビや雑誌を見ていても、この専門家は現地の空気感が分かってないなあと感じることが多い。何ごとも、現場に行ってみなければ分からないことは多いのだ。
たとえば、平壌で暮らす市民はある意味でみんな幸せであるということだ。日本から見れば、北朝鮮の人々は幸せとは言えないだろう。自由は無いし物資は不足しているし、思想的にも強制されている。しかし、実際に平壌を訪れて道行く市民の顔を見れば、けっこうみんな幸せそうな顔をしている。少なくとも悲壮感はない。
それは二つの理由があって、ひとつは情報が遮断されていること。途上国開発の世界では、途上国の貧しい農民が「欧米からNGOがやってきて、自分たちが貧しいことを初めて知った」とよく言うが、平壌の市民も同様で、情報が無いので自分たちがいかに抑圧された生活を送っているか、世界から取り残されているか分からない。
そして、あの国では平壌で暮らせること自体がエリート的生活だ。情報が遮断された国でエリートとして暮らしていれば、自分たちは幸せなのだと思い込むのは当然なのだ。
また平壌の市民は非常によく訓練されている。外国人や海外メディアからデリケートな質問をされても、ちゃんと答えられるような訓練も行っているのだ。
たとえば当時、中国の瀋陽にある日本総領事館に北朝鮮の亡命を企てた家族が逃げ込んだが、領事館員がその家族を中国の警察官に引き渡してしまった事件があった(瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件)。それで僕と同じツアーの客がガイドに「あの事件をどう思うか?」と質問したが、ガイドの答えは「そのようなニュースは北朝鮮では流れていない。だから(そのような事件は)なかったのだと思う」という答えだった。
今回もマスコミが平壌市民に「先日のミサイル発射は失敗したが、どう思うか?」と質問していたが、誰もが「そのようなニュースは聞いていない」と回答している。僕らの時とまったく同じだ。このように平壌の市民は全員が徹底した思想訓練をされているし、誰かに何かを聞かれても同じように答える訓練を受けている。
さて、このような徹底した思想訓練を受けている人たちが政治的にはどのような考えを持っているかというと、それは反日ではなく反米である。中国や韓国が反日だから北朝鮮も反日だと思うかもしれないが、意外とそうでもない。徹底した反米なのである。韓国は表向きは反日だが、一般の人は意外と親日だ。しかし北朝鮮は違う。政治的にも市民感情的にも反米なのである。
たとえば、北朝鮮で発行されている朝鮮戦争史の本を読むと、当時のアメリカ軍がいかに残虐非道なことを行ったかを延々と書き連ねている。多くの村で村民を皆殺しにし、「お土産」として村民の頭の皮をはいでいったとか(昔の西部劇か!?)、ある村では子どもたちを集めて倉庫に閉じ込め、隣の倉庫には母親たちを閉じ込め、子どもたちの倉庫に毒ガスを流す。そして「子は母の名を呼び、母はこの名を呼びながら泣き叫び」という状況の中で子どもたちは殺される(アウシュビッツか!?)。その殺される数も、最初は数十人だが、読み進めているうちに数百人、数千人と増えてくる。たぶんライターが本を書いている内にテンションが上がって数が増えてきたのだろう。
このような話は当然、自国民にもしているはずだ。だから、北朝鮮の人々はかなり強い反米感情を持っていると感じる。あの国では観光客と言えども(観光客だから?)行動の自由など一切無い。朝から晩まで行くところ、見る物すべてが決められていて、ガイドがずっとつく。そのガイドも単なるガイドではなく、まるで工作員のような存在で、ツアー中、ずっと日本人観光客をオルグするような話をする。いかにアメリカが朝鮮戦争で酷いことをしたかの話を延々とやる。しかし、日本統治時代のいわゆる従軍慰安婦の話や強制労働の話は一切出てこない。
そして、彼の話の端々にアメリカに対する憎しみ、怒りのようなものがにじみ出る。少なくとも、あの国のエリート層には、かなり強い反米感情が「教育」されていると感じる。
そのような国にアメリカが軍事的圧力をかければ、そもそもがカッとなりやすい民族だ。一気に戦闘モードに突入することは容易に想像できる。そこに合理的な判断は無い。人はものごとの判断の8割だか9割だかを理屈ではなく感情で行うという説があるが、北朝鮮の民も金正恩も合理的な理屈でなく感情的な判断で戦争を決断する危険性がある。
しかし、だからといって北朝鮮の核開発を指をくわえて見ている分けにもいかないので、なんらかの圧力は必要だ。つまり、朝鮮戦争が再開する危険性は十分にあるのだ。
北朝鮮崩壊後の半島で起きること
さて、半島で戦争が起これば、北朝鮮はあっという間に崩壊することは確実だが、その後の半島がどうなるかは不透明だ。統一朝鮮が生まれるのか、中国やロシアの強力な干渉の元で新たな北朝鮮政権が誕生するのかは分からない。しかし、いずれにせよ経済的にも文化的にも今よりはずいぶんと解放された国となるだろう。うまくいけば、中国から仕事を奪って世界の工場として発展するかもしれない。そのポテンシャルは実は北朝鮮は持っているのだが、もうひとつ、とてつもない大きなポテンシャルを有している。エンターテインメントだ。
北朝鮮には美人が多い。もともと朝鮮には「南男北女」(なんなんほくじょ)という言葉がある。南の男はカッコいい。北の女性は美しいという意味だ。昔から、北は美人が多いのだ。スポーツの国際大会などで北朝鮮応援団の美女軍団が話題になったことがあるが、あの程度の美女は平壌にはゴロゴロいる。
残念ながらあのような国なので、洋服や化粧のセンスが古臭すぎて、美人だけどヘンという印象はぬぐえないが、素材は抜群だ。北が解放されて、韓国や日本のファッション、ヘア・メイクがなだれ込み、表現のセンスが洗練されればあっという間に世界に冠たる美人大国になるだろう。
どうせみんな整形美人だろうと思うかもしれないが、そうではない。
僕は、北朝鮮の小学生くらいの子どもたちも見てきた。子どもたちの歌やダンスのショーを見てきたし、練習場所も見学した。幼い子どもたちなので、まだ整形などしていないナチュラルな少女たちだが、ほんとうにキレイな顔をした女の子が多い。そして、歌、楽器演奏、ダンスのレベルも高い。センスの問題でパフォーマンスはダサダサなのだが、こちらも解放後に韓国や日本のプロデューサーが指導してやれば、かなり高いレベルのアイドル・グループやガールズ・バンドが続々と生まれるだろう。手足が長くてスタイルもいいので、世界に通用するトップ・モデルが大量に輩出される可能性もある。
つまり、北が解放されて朝鮮が芸能的に統一されれば、韓流は今以上のとてつもない一大エンタメ・ジャンルを築く可能性がある。
なので、僕は韓国芸能界の知人には「北が崩壊したら、即座に契約書を持って平壌に飛べ!」とアドバイスしている。日本の芸能界もそうしたほうがいい。まあ、僕も日本人なので、できれば半島に生まれるであろう一大エンタメ王国に日本を加えて、極東から世界を席巻するコンテンツ発信地区ができて欲しいと思う。北朝鮮の素晴らしい素材と、日本人の優れたクリエイティブ能力が合わされば、それは実現できるはずだ。