音楽の本質とはメロディでもリズムでもなく「音」そのものである。
最近、いわゆる「ハイレゾ」というものに凝って、専用のハイレゾ・プレイヤーを買い、SHUREのSE846という10万円くらいするイヤホンを購入し、イヤホン・ケーブルに2万円以上も投資し、それなりの(これでも中級クラスだが)音楽環境を整えて、昔のロックから最新のEDMまで聴きまくっていてあらためて分かったことが、音楽の本質はメロディでもリズムでもなく音そのものであるという、シンプルな結論である。
いい音で音楽を聴くと、いろいろなことが分かってくる。
たとえば、世界で売れる音楽とはどのようなものか? とか、日本のJ-POPが世界で通用しないのはなぜか?といったようなことだ。
世界で売れる音と、そうでない音の最大の(しかも唯一の)違いは簡単で、売れる音楽は音がキレイ。売れない音楽は音が汚い。それだけだ。
それは、時代もジャンルも関係ない。メタルでもEDMでもクラシックでも、世界で売れる音はキレイだ。70年代のカーペンターズも、アリアナ・グランデの最新の曲も、音がキレイ。比べて、J-POPは音が汚い。特に90年代の音。日本の音楽も80年代くらいの音楽は音が(比較的)キレイだし、昭和の歌謡曲も音がキレイ。しかし、日本で最もCDが売れた90年代のJ-POは音が汚くて、今の僕のモバイル・オーディオ環境ではとてもじゃないが聴けたものではない。800万枚を打った宇多田ヒカルの「FIRST LOVE」などマシな音源もあるが、総じて汚い。あの時代、よくもこんな汚い音楽を聴いていたものだと思う。
この時代の音が汚いのは、それなりに理由があるのだが、それについてはまたの機会に述べるとして、そういえば、あの頃の僕は完全にJ-POPを離れていて、仕事柄、大ヒットした曲はしょうがなくて聴いていたが、日本の音楽はすっかり嫌いになって、クラシックばかり聴いていた。その理由を当時は自分でも理解していない買ったが、オーディオをアップグレードしてその理由がハッキリしたわけだ。
音の違いが分かるようになると、アーティストの偉大さも理解できるようになる。
ジェフ・ベックのギターはなにが凄いのか?
とか
レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムのドラムのなにが凄いのか?
つまり、ジョン・ボーナムが死んでジミー・ペイジがなぜ(代わりのドラマーを加入させることなく)レッド・ツェッペリンを解散させてしまったのか?
そんなことが、これまでよりもさらに深く理解できるようになる。
音楽はやはり奥が深い。
シシド・カフカと山内あいなが、新しい音楽の地平を切り開く?
そんなことを考えていて思い出したのがシシド・カフカのことだ。
彼女は、ドラムを叩きながら歌うという、珍しいスタイルのドラマー・シンガーだ。
ロック・バンドで最も過酷なのはドラムとボーカルと言われているが、それを一人でやっているというだけでも彼女の凄さは分かると思う。
男性でも、このスタイルをとれるのは、ジョン・ボーナムやコージー・パウエルに多大な影響を与えた元バニラ・ファッジなどのカーマイン・アピスとか、グランド・ファンク・レイルロードのドン・ブルーワー、イーグルスのドン・ヘンリーなど数少ないし、ドン・ブルーワーもドン・ヘンリーも曲によってリード・ボーカルを取るがコンサートで全曲、歌うわけではない。シシド・カフカは全部、歌う。
女性ではカーペンターズのカレン・カーペンターがドラムを叩きながら歌っていたが、こちらはメロディアスなポップスという音楽性から、まあたいして体力を使うようなドラミングはやっていない。対してシシド・カフカは、ロックのドラマーらしく常に全力投球だ。初期のライブ映像を見ていると、最後の方は息も絶え絶えで声もまともに出てないが、「まあ、こんな叩き方して歌ってたら体力もたないよな〜」と納得させられるような叩き方をして歌っている。
ネットではシシド・カフカのドラムはうまいのか下手なのかという議論があり、「美人で珍しいスタイルだから注臆されただけ。ドラムは下手」という意見もあるが、ハッキリ言って彼女はドラムはけっして下手ではない。特にアップテンポの8ビートを叩くときのグルーブ感はなかなかのものだ。そして、いい音を出している。特にタムの音はいい。(生で聴くと、誰もがビックリするくらい大きな音を出すらしい)
そんなシシド・カフカだが、あるメディアのインタビューで「女性は頑張れば男性(ドラマー)のような音は出せる。しかし、男性はどんなに頑張っても女性の音は出せない。女性にしか出せない音というものがきっとあるはずだ。自分はそれを目指してやっている」という発言をしている。
これは、女性アーティストとしては、まったく正しい姿勢だ。
ただ、彼女自身が語っているように、シシド・カフカのドラムが「女性にしか出せない音」になっているかというと、そこは疑問ではある。まだその域には達していない。というか、見つかっていないように思える。
ところで最近、女子中高生に人気のガールズ・バンドに「サイレント・サイレン」というバンドがある。読モの女子が集まって結成されたバンドということで、当初は色物扱いされていたが、なかなかいい音楽をやるバンドで、いまや武道家や横浜アリーナでコンサートができるくらいの人気バンドに成長している。
そのサイレント・サイレンのベースが、山内あいな(ガーリー担当。通称:あいにゃん)という女子で、彼女はかつて、ミス・キャンパスが集まって社会貢献する「SweetSmile」という団体のメンバーでもあったのだが、このあいにゃんのベースがなかなか良い。
めちゃくちゃうまいとか、バカテクというタイプのベースではないのだが、なんというか、これぞ「日本女子のベースの音」というような、独特のベースを弾く。プレイ自体は特に珍しいスタイルでも、変わったフレージングでもないのだが、フィーリングが独特で、女子っぽさを感じさせるのだ。たぶん、男性のベーシストではこうはいかないと思う。
ベース・マニアに言わせれば、あいにゃんのベースの趣味はかなり渋いということらしい。僕はそこまでは分からないが、あいにゃんがかなり本気でベースに取り組んでいることは音を聞けば分かる。
音の事は言葉だけでは伝わりにくし、僕の表現力ではどうにもあいにゃんのベースの音の魅力を伝えきれないので、一度、聞いてみて欲しい。サイレント・サイレンの「KAKUMEI」という曲を紹介する。
それで、最近の僕は、シシド・カフカとあいにゃんが組んで、リズム隊を作ってくれないかと妄想している。シシド・カフカのドラムに、あいにゃんのベース。これはぜひ聴いてみたい。できればセッションではなく、パーマネントなバンドとして。それで、あいにゃんのベースと化学反応を起こして、シシド・カフカのキックがどのような音に変化するのか? もしかしたら、日本の女子にしか生み出せないロックのグルーブというものが生まれるのではないか? 密かにそんな期待をしている。
実現の可能性は低いが、もしもそんな音が生まれてきたら、それは日本の音楽文化だけでなく、女子文化そのものに大きな影響を与えることになると思う。日本の音楽業界のプロデューサーやディレクターには、ぜひそのような志で音楽を作って欲しいと思う。