ルペンは極右だから負けたのではない。女性だから負けたのだ。
注目のフランス大統領選は、極右政党・国民戦線党首のマリーヌ・ルペン氏を破り、中道・独立系のエマニュエル・マクロン氏が勝利した。
ルペン氏が勝利していれば、イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ大統領誕生と、昨年から世界を席巻している排外主義のトレンドが加速する事態になっていたわけで、今回の大統領選の結果にホッとしている「良識派」も多いと思う。
だがしかし、移民排斥やEU離脱を訴えていたルペン氏の敗北は、ほんとうにフランス国民の良識が勝利したと言えるのだろうか? その点については、マスコミも報道しない気になることがある。
それはこの大統領選の直前に、ある知人のフランス人男性が言ったことだ。彼はこのように語っていた。
もしルペンが女性ではなく男性だったら、大統領選はルペンが勝つだろう。
ちなみに、そう発言したフランス人男性は父親が移民の有色人種であり、リベラルな考え方を持つ男性だ。つまり、出自から言っても、彼自身の政治信条から言ってもアンチ・ルペンの立場だが、それでもなおルペンが男だったら勝つだろうと予測していた。
このような話はマスコミはどこも伝えない。日本のマスコミも、たとえ特派員がパリかどこかのフランスの町で街頭インタビューして一般市民がこのような発言をしたとしても、けっして伝えることはしない。
また、このような意見は、大規模な調査を行ったとしてもけっして結果に出てくるような話でもない。そもそも、選挙の事前調査(世論調査)で「ルペンが男性だったら投票しますか?」などという質問項目などあり得ないし、もしそんな質問をしたらそれこそ人権問題で、フェミたちが黙っていない。2008年のアメリカ大統領選において「もしオバマが白人だったら投票しますか?」と質問するようなものだ。政治的にかなり偏ったメディアでも聞けない質問だろう。つまり、メディアにこのような意見が紹介されることは基本的にあり得ない。
しかし、メディアが伝えるとこ、あるいは一般市民がメディアのインタビューに答えることと本音が違うことはある。それは、昨年のアメリカ大統領選を見ても分かるとおりだ。
そして、反ルペンの立場を取る人間が「男性だったらルペンが勝つ」と分析することは、かなり冷静にフランスの空気感を分析して判断していると考えられる。人は誰でも自分の価値観バイアスが働くので、自分が望む方向にどうしても現実を解釈してしまう。そして、自分の意見を否定する人間に反発する。森友学園問題が出た時に、アンチ安倍総理の人たちはみんな安倍総理の首を取った気分になっていた。それで僕がダイヤモンド・オンラインの連載で「この問題は安倍政権にとってはたいした問題にはならない」と書いたら、さんざんディスられたが、結果はご存じのとおり。安倍政権の支持率はむしろ上がり、この問題を追及していた民進党、共産党の支持率は下がった。
森友学園問題に関して言えば、別に僕が安倍総理を支持しているから「それで政権の首を取るのは無理筋」だと言ったわけではなく、いろいろな状況を分析して冷静に判断すればそういう結論になるというだけの話だったのだが、安倍憎しの人たちは、感情バイアスに引きずられて冷静な判断ができなかった。しかし、まあ、人はそういうものだ。それは一般の人たちだけでなく、メディアでも感情バイアス、価値観バイアスによって状況を見誤ることがあるというのは、トランプの一件が証明して見せている。
しかし、だからこそ、移民の子でありカラードでもある知人のフランス人男性の言葉は重い。彼の発言は、価値観バイアスに左右されない知性を彼が備えていることの証左であるが、同時にそれほどまでに実はフランスにおける排外主義的な傾向が強いということだ。
移民排斥と女性排斥の戦い?
今回のフランス大統領選は、言ってみれば「移民を排斥する」排外主義と「女性を排斥する」排外主義の戦いだったのかもしれない。まるで2008年のアメリカ大統領選民主党候補選びにおける「黒人と女性。選ぶならどっち?」みたいな話だったのかもしれないが、そうだとすれば酷い話だ。
人権意識の高いあのフランスで、そのような女性蔑視があるはずがないと思うかもしれないが、しかし、その人権という概念を発明したフランスで排外主義が大きなうねりとなったのは事実だし、フランスの白人男性がなかなかつきあってる彼女と結婚しない(入籍しない)のは、女性蔑視の表れだと指摘する人もいる。
正直に言って、僕自身はフランス社会の中で、女性差別、女性蔑視がどの程度あるのか、論じられるほどには詳しくない。しかし、フランスで生まれ育った当のフランス人男性が「フランスには女性差別が存在している」と言うのだから、そうなのかなあと思うしかない。
ネットにはこのような記事もある。
男女平等と経済成長の密接な関係。女性差別が激しいフランスから分かること
こちらの記事によれば、
フランスは女性差別が激しい国として有名で、女性の社会進出はイタリアと並んでヨーロッパの中では最低水準。日本や韓国など男尊女卑が根強い東洋圏に近いレベルだ。
政治における女性登用も進んでおらず、県議会議員の中で女性議員の占める割合はわずか9.3%と日本よりも低い。女性議員が一人もいない県が20近くもある。北欧やドイツなど半数近くが女性議員で占められている国とは状況が大きく異なっている。職場における待遇でも男女に際立った違いがあり、セクハラも横行している。
とのことだ。
男女の給与格差も男性に対して女性は85.9%で、これは日本の73.4%よりずいぶんマシだし、イギリスなど他のヨーロッパ諸国と比べても男女格差は少ないが、それでも格差があることは事実。
ルペンが負けたのは、これだけが要因ではないのだろうが、どれだけの影響があったかは分からない。しかし、「男性だったら勝ってただろうね」という意見があることは、今後のフランス、ひいてはヨーロッパ、世界の動きを見極めるためにも留意しておいたほうがいいと思う。