「ヤマト撤退でもAmazon困らない」のウソ
クロネコヤマトのヤマト運輸がAmazonの即日配送業務から撤退というニュース。「従業員に過度な負担をかけすぎる」という理由で、最大の取引先との決別も辞さないというヤマト運輸の方針決定にネットでは賞賛の声が高い。
「ヤマトが撤退してもAmazonは困らない」という声もあるにはある。その意見を集約すると「ドローンや自動運転の時代になれば宅配業者は不要」というものと「Amazonが中小の配送会社を買収して自前でやればOK」というもの。しかし、どちらも現場を知らない人の意見だ。
確かに、ドローンや自動運転の時代になれば、配送ドライバーはほぼ不要になる。しかし、それが実用化されるのはいつの時代なのか? という問題はある。法整備も含めて、かなりのスピードで実用化が進んだとしても、せいぜい5年先の話。もしかしたら10年後の話かも知れない。しかし、企業活動は5年も10年も停滞させるわけには行かない。つまり、Amazonはヤマトが撤退しても長期的には困らないかもしれないが、短期的には困る。
また、ドローンや自動運転が実用化された段階で、Amazonが自前で物流部門を設置してうまくいくかどうかは未知数だ。企業というのは不思議なもので、本業以外の事業はうまくいかないものだ。これは、洋の東西を問わず真実である。資本力や技術力があるからと言って、何でもかんでもうまくいくわけでもない。
たとえば、トヨタもルノーもGMも巨大な企業であり、資本力も技術力も抜群だが、自動運転の世界ではリーディング・カンパニーになっているとは言い難い。今のところ、この世界を牽引しているのはGoogleとテスラで、トヨタが本気になればGoogleを蹴散らせるかというと、そうもいきそうにない。
また、本業の捉え方も簡単な話ではない。これについての詳しいことはまたの機会に述べるが、たとえばソニーとパナソニックは、業種的に言えば同じ家電企業だが、その本業とするところは違う。ソニーはそもそもが「愉快なる理想工場」がコンセプトで、したがって「楽しいこと」は得意だった(過去形)。だから、オーディオとかテレビ、ゲーム機などを作るのは得意だったし、映画事業もうまくいったが、冷蔵庫や洗濯機など、いわゆる白もの家電は作らないし、作ってもうまくいかなかっただろう。それに対して、パナソニックという会社は、松下幸之助さんの「水道哲学」を実践する会社で、「貧困の撲滅」がコンセプト。そして、貧困の撲滅には、女性の家事労働からの解放は重要なテーマなので、白もの家電を作るのが得意。同じ家電企業でも、本業の捉え方で性格も変わるし、得意な分野も変わる。
1990年代のパソコンの時代を完全に制覇したMicrosoftが、インターネット市場は制覇できず、スマホではまったく歯が立たなかった。いっぽうで、90年代に倒産の一歩手前まで追い込まれたAppleはiPhoneの大ヒットでスマホ市場を作り出し、時価総額世界一の企業になるまでに復活した。その違いは、同じIT企業とはいえ、ITというものに対するビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズの考え方の違いで、ジョブズの思想がインターネットとスマホの時代に合致していたということだ。僕も古くからのMacユーザーだったから分かるが、Macはそもそも、インターネット時代が始まる前からネットワーク志向であり、インターネット的なコンセプトを持っていたのだ。
というわけで、Amazonがいかに巨大な企業だとはいえ、ドローンや自動運転の時代に、自前で物流の世界も制覇できるかどうかは判断が難しい。ようするに、ジェフ・ベゾスがAmazonをどのような企業だと考えているかによる。もし、Amazonは巨大な小売企業だと考えているとすれば、最近、北米で開始したAmazonコンビニはうまくいくかもしれないが、物流に関しては疑問だ。
そもそも小売業と配送・物流業は別モノだ。イオンやセブン-イレブンなど巨大な小売企業でも、自前の配送部門は持っていない。そこにはなにか理由があるはずだ。そして、セブン-イレブンでさえ出来ない、またはやらないことをAmazonがやって成功させるというのは、かなり挑戦的すぎると思われる。
中小の運送会社を買い取って自前の配送部門を作るという意見はさらに現実的ではない。そもそも、日本郵便でさえその配送能力はヤマトの三分の一程度だと言われている。したがって、中小の運送会社を買収したところで、ヤマトが抜けた穴は到底埋まらない。
そもそもAmazonの即日配達は当初は日本郵便が請け負ったが、あまりの条件の悪さに撤退。その後、佐川が引き受けたがこれも同様の理由で撤退。そしてヤマトが請け負ったがこちらも撤退。まあ、今回のヤマトの撤退で、日本郵政がまた請け負うという話も出ているが、条件が変わらなければ日本郵便もまた撤退に追い込まれるだろう。
また、大手であろうが中小であろうが、荷物を運ぶのは人間であるドライバー。そして、Amazonの条件が変わらなければ、どこの企業が請け負っても末端のドライバーの負担は変わらないので、どこの企業であろうとドライバーの確保ができない。つまり、Amazonが自前で配送会社を作ったとしても、ドライバーが集まらなければうまくいくはずもない。すでに、Amazonの配達が過酷な仕事であることは、ドライバーの間で知れ渡っているので、わざわざAmazon配送会社の求人に応募するドライバーも少ないだろう。
もちろん、赤字覚悟でドライバーの待遇を良くすれば人員は確保できるだろうが、それならヤマトなど配送業者との条件を改善した方が話は早いし確実だ。
というわけで、Amazonが自前の配送部門(会社)を設立する案は、あまり現実的ではないのだ。
ヤマト運輸の英断を評価しないCSR業界の欺瞞
ところで、今回のヤマト運輸の決断はCSR的に言っても凄い英断だと思う。なにしろ、従業員の負担が大きすぎるという理由で、最大の取引先との契約を打ち切るというのだから(正確には、即日配送業務からの撤退だが、これをきっかけに取引停止になるリスクもある)。これは企業に取ってはかなり勇気の要る決断だ。
CSR的に言えば、これは正しい判断だと思う。企業のCSRと言えば、環境問題への取り組みや、途上国や日本の社会問題への取り組みや、国連のSDGsへの取り組みばかりが論議されていて、それはそれで間違いではないのだが、そもそも僕は、CSRはまず従業員の幸福に寄与するものでなければならないと考えている。しかし、現実にはCSR関係者にはこの視点が欠けている。
それが証拠に、CSRに関する講演やセミナーではよく「御社のCSRは、非正規雇用のシングル・マザーにとって、何を意味するのですか?」と問いかけるのだが、参加者のほとんどはその問いの意味が瞬時には理解できずに、ポカンとされることが多い。
僕がこのような問いかけをするのは、日本の企業社会の中で非正規雇用のシングル・マザーは最も弱い立場の人たちだからだ。障害者も弱者ではあるが、しかしこちらは法律によって企業には雇用義務がある。しかし、シングル・マザーにはそのような法的な義務はない。そして、幼い子供が風邪をひいたりして、会社に「すみませんが、子供を病院に連れて行くので遅刻します」とか「会社、休みます」と言った瞬間に首を切られる。
そのような弱い立場で働いている人たちにとって、ホッキョクグマや熱帯雨林を救うことがどんな意味を持つのか? そんなことに使う金があるなら、10円でもいいから時給を上げて欲しいと思うのではないか? 企業のCSRには、そのようなことが問われるべきなのに、CSRを語る人間でそのことに言及する者はほとんどいない。(僕と僕の仲間くらいだ)
それどころか、CSR業界の有名人の中には、平気でシングル・マザーを切り捨てる人間もいる。
東日本大震災の時、社員を放り出して自分だけ東京から関西に逃げた経営者がいる。その人間は関西から電話して、震災の一週間前に正規雇用したばかりのシングル・マザーに対して首を言い渡した。東京のコンビニやスーパーからモノがなくなり、多くの人が不安に生活していた中で、子供を抱えて逃げることもできないシングル・マザーを、たった1本の電話で切って捨てたのだ。その人間はCSR業界では有名な人間で、今でも偉そうな顔をして講演などを行っている。さらに言えば、CSR業界の中にも、彼を持ち上げる人間が少なからずいる。まったくこの業界の人間は人を見る目がない。というか、弱者に対する視点というものが、本質的に欠けているのだ。だから、ホッキョクグマのことは見えても、シングル・マザーのことは見えない。
余談が過ぎたが、そんなわけで僕は従業員に対する目線の欠けたCSRは信用しないし、評価もしない。そして、従業員の負担軽減のために、最大の取引先にもキッチリ主張するヤマト運輸は最大限の敬意を表する。
しかし、CSR業界の中からは、ヤマト運輸を絶賛する声はあまり聞こえてこない。しかし、それは業界の怠慢ではないのか?
たいていの企業のCSR担当者は、社員が自社のCSRに関心を持たないと嘆く。しかし、社員が関心を持たないのは、CSRが社員に感心を持っていないからではないか? 少なくともCSRが社員をハッピーにしてくれるというリアリティに欠けているからではないか?
今年のCSR大賞はヤマト運輸で決まりだ。もし、どこのCSR関連の賞も、ヤマト運輸を選ばなかったとしたら、それこそ日本のCSRは終わりだろう。今年の年末頃に「ヤマト落ちた。日本死ね」などとつぶやかなくてもすむように、CSR業界人のみなさまにはくれぐれもお願いしたい。
(4月14日追記)
その後に入手した情報によれば、Amazonはとあるルートを使って配送網を独自に構築する模様。ドライバーには高額な日給を保証するという。未確認の情報だが、これがほんとうだとすれば、Amazonは赤字覚悟で即日配送を維持する方針だということになる。そのようなビジネス・モデルが持続可能なのかどうかは、即日配送の比率にもよるが、巨大な売上げを背景とするからこそ可能なモデルだ。
これは、運送・配送専業の業者を圧迫することになる。運送、配送だけで商売している業者は太刀打ちできないからだが、CSR的に言えば、この点でも議論を呼ぶことになるだろう。