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女性「解放」論再考のすゝめ 第4回: 余桃之罪(よとうのつみ)

【桃の季節の終わりに】

少し前、労働経済学者のダニエル・S・ハマーメッシュの『美貌格差:生まれつき不平等の経済学』という本が世間の話題になっていた。彼の研究では男女とも容姿が優れないことで、標準的な容姿のヒトよりも収入が少ないことが明らかになったが、さらに分析を進めてゆくと、案に相違して容姿が優れない女性よりも、容姿が優れない男性の方が、経済的デメリットが大きい、という結果になっていた。 

しかし現実には容姿への関心は圧倒的に女性の方が高く、容姿を整えるための選択肢やマーケットは、男性のそれよりも豊富だ。このコラムが掲載されるのが9月、桃の旬も終わる頃でもあるので、今回は桃を切り口にして、多くの女性が関心を寄せる「容姿」のあり方について少し考えてみたい。  

【寵愛】

中国の春秋時代の衛(現在の河南省付近)の国に、弥子瑕(びしか)という美男子がいた。弥子瑕は衛の君主である霊公に、その美貌を以て大いに寵愛されていた。ある夜彼に母の急病の知らせが入ったが、いても立ってもいられなくなった弥子瑕は霊公の命と偽り、霊公の車で母の許へ駆けつけた。  

当時の衛の国の法律では、君主の車を無断で使用したものは「刖(げつ:足を切断する刑罰)」とされていた。しかし弥子瑕を寵愛する霊公は「刑罰を恐れず母を見舞うとは、なんと親孝行なんだ!」と言って、大いに褒めた。

またある時、霊公と弥子瑕が果樹園で遊んだ折、弥子瑕がもいで食べた桃がことのほか美味だったので、彼はそれを全部食べずに霊公に献じた、すると霊公は「私を愛する余り、独り占めにせずに、こんなに美味しい桃を食べさせてくれるとは!」と大いに喜んだ。  

しかし弥子瑕も年齢を重ねるにつれ、その容姿は衰え、それ故に霊公の憎む所となって罪を得た。そしてその罪状には「あの時私の車を勝手に乗り回してけしからん!」と共に「私に食べかけの桃(余桃)を食べさせた!」が数え上げられていたという。  

【容姿と知恵】

このエピソードは中国の戦国時代の思想家、韓非が著した『韓非子』の説難篇で紹介されているもので、故事成語「余桃之罪」の元ネタである。韓非も指摘しているが、弥子瑕の行動が変化したために霊公の寵愛が憎悪に転じた訳ではない。単に彼の容姿の衰えが憎悪の原因となっただけである。韓非はだからこそ相手がこちらに好感を持っていれば話を聞いてもらえるが、そうでなければ逆効果であるから気を付けよと論じている。それはもっともなことであるが、このエピソードを容姿の観点からも、もう少し掘り下げてみたい。  

ここで言う容姿とは、単に顔の造形や体型のような「ハード」だけでなく、しぐさしなを作る、嬌声を発するなどのような「ソフト」まで含むと理解してほしい。容姿というものは年齢や生理的なイベントともに必ず変化する。それを見方によって「老化」や「劣化」と呼び、あるいは「成熟」と呼んだりするが、少なくともヒトはある時点と完全に同一な容姿を保持することは不可能である。 

周囲がある時点のそのヒトの容姿を評価しても、容姿が変化すればそのヒトへの評価、特に容姿に立脚した部分への評価は変化する可能性が大きい。例えば若さと顔の造形の美しさを評価されていた女性が後年の弥子瑕のようになれば、その評価が低下する可能性は大きい。ヒトを容姿で評価する社会の風潮自体が差別や偏見を生み出しかねず、決して好ましいことではないが、だからこそ優れた容姿を「活用」して、よりよい社会的ポジションや経済的メリットを期待するアクションやビジネスも存在する。アイドルやホステスなどはその典型と言えるだろう。  

弥子瑕は容姿が優れていたが、結果的には寵愛の行く末を考えるだけの「知恵」が足りなかった。知恵があれば君主の寵を恃むことの危うさ、つまり容姿だけで世渡りすることのリスクを悟り、リスク管理を行っただろう。容姿とは他人に評価されることで価値を生み出すが、知恵は他人の評価を俟たずして、自らそれを使いこなすことによって価値を生み出す。 

【劣化する能力と劣化しない能力】

翻って現代社会を見れば、いまだに多くの企業や産業では男性社会の論理が優勢である。そこで女性が優れた容姿を活用する、あるいはそのために投資する、というのは自分の評価を男性に委ねるという一種の男性社会への「媚び」であり、男性社会の論理への過剰な適合への努力と言えないだろうか?果たしてそれは女性自らの深甚なる知恵に基づいて判断された行いなのだろうか?それは女性の尊厳の確立につながるのであろうか? 

もし容姿で何らかのメリットを享受できるのであれば、そのヒトにとって容姿は知識や論理的思考力のように、個人に帰属する能力だと言えるだろう。しかし、知識や論理的思考力に裏付けられた知恵と異なり、一般的に「容姿という能力」は年とともに劣化する。そうなれば容姿によって得られていたメリットは逓減したり、それ自体がデメリットになったりもする。「オトナ」になるにつれて、周囲の男性がおごってくれなくなった、年齢不相応なかまととぶりが周囲の顰蹙を買って遠ざけられた、などは容姿のメリットが逓減したり、デメリット化している端的なケースと言える。  

容姿はある時点のレベルを維持できないが、知恵は年齢に関係なく誰でも、いつからでも鍛え、高めることができる、いわば「劣化しない能力」である。そして知恵は容姿の劣化を補い、あるいは容姿に深みを与えることも可能である。知性ゆたかなヒトは何歳であってもその容姿から気品を醸し出す。知恵はヒトの侮りを退け、自己の尊厳や他者との対等性を保つ上で重要な役割を果たす。

劣化する能力で何らかのメリットを一時的に得ても、それがいつまでも続くとは限らないし、容姿に知恵が追い付かず、時として「余桃之罪」を得ることもある。周囲の男性が顔の造形や体系、若さにしか関心がない俗物ばかりであれば、それはあり得ない話ではない。それよりも劣化しない能力を駆使して女性の尊厳を保つ方が、よほど女性の解放や男女の真の対等につながるのではないだろうか? 

心情を表現し、衛生を保ち、威儀を正し、TPOに適したコミュニケーションのために容姿に注意を払うのは良いだろう。ハマーメッシュは美容への投資の費用対効果の低さを指摘しているが、女性が容姿を整えるという行為は男性への媚びなのか、あるいは解放(emancipation)のためのものなのか、いったい何のためなのか、いま一度よく考えてみると良いのではないだろうか。 

知恵は容姿を彩り、自己の尊厳を確実なものにしてくれるが、容姿が知恵を生み出すわけではない。だからこそ矜持を持って「美しく生きる」ためには、生涯知恵を磨き続けるべきではないだろうか。ちなみに自動車王のヘンリー・フォード1世は“Anyone who stops learning is old, whether at twenty or eighty. Anyone who keeps learning stays young.(ヒトは学ぶことをやめることで老いる、20歳であろうが80歳であろうが。ヒトは学ぶことで若さを保つ。)”という言葉を残したという.

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泉 貴嗣(いずみ よしつぐ)

CSRエバンジェリスト「允治社」代表、第一カッター興業㈱監査役、静岡市CSR企業表彰専門委員会 委員長。
大学の研究員、講師としてCSR教育や産学連携教育などを担当した後、独立。自治体が直接企業のCSR経営を認証する初めての取り組み「さいたま市CSRチャレンジ企業認証制度」、「静岡市CSRパートナー企業表彰制度」の制度設計などを手掛ける他、上場企業の監査役も兼務。CSR以外にも女性学にも造詣が深い。

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