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長谷川豊氏の正義はいったいどこにある?

 

ブログに「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」というタイトルの記事を書いて大炎上。レギュラー出演していた番組のすべてで降板を余儀なくされた長谷川豊アナウンサー。その後もChange.orgで2万5000以上の抗議署名を集めた腎臓病患者の女性と対談したり、自身のブログで「反論」や「言い訳」を繰り返すなど、次々と燃料投下を繰り返している。どうもこの人には、騒動をなんとか鎮火させようという発想はないようだ。

注)上記タイトルは現在では「医者の言うことを何年も無視し続けて自業自得で人工透析になった患者の費用まで全額国負担でなければいけないのか?今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」に変更されている。

もちろん、鎮火に努めようが、批判に対して徹底抗戦しようが本人の自由なのでどっちでもいいのだが、しかし、彼のブログを読んでいると、「ああ、この人はホントにいろんなことがわかってないなあ」と思う。

たとえば、上記の記事で「殺せ!」と煽っている「自業自得の人工透析患者」とは、2型糖尿病が原因で腎不全になり、人工透析を受けることになった人たちを指していると読める。そのような人たちは、医者の言うことも聞かず、暴飲暴食を続け、適度な運動もせずに病気になり、年間500万円もの治療費を保険で払わせているキリギリスであると論じる。

そして、「健康を意識し、毎日、ランニングをし、お金を出して栄養バランスの良い食事をとっている人たちから保険料を巻き上げているのです。」と主張する。健康に留意してキチンと生活してきた人間が、自堕落な生き方をしてきた人間の治療費を払わされている。「なんなんだよ、これ!」というわけだ。

しかし、今の日本で健康を意識して、適度に運動して、お金を出して栄養バランスの良い食事を取る。そんな生活がどれほど贅沢な話なのか、長谷川氏はまったくわかっていない。

僕も糖質制限食を心がけているからわかるが、栄養バランスの良い食事、特に糖質制限は金がかかるのだ。

貧困層のほうがメタボが多いのは、安価で高カロリーな炭水化物しか食べられないからで、それはさまざまなメディアが何度も報道している。 また、週に何度も運動ができることも、贅沢な話なのだ。真性ブラック企業で仕事する非正規従業員の人たちが、週末や終業後にランニングをしようと思っても、まずその週末というものがなかったりする。大企業の正社員だって、毎日夜中まで仕事をして、土日も休日出勤して、それで運動などできるはずもない。現代では、運動、スポーツができるというのは、かなり恵まれた人たちの特権なのだ。実際、マラソンとかトライアスロンをやっているひとたちは、大企業の社員とか会社経営者とか、ほとんど経済的にも時間的にも余裕のある恵まれた人たちだ。

つまり、医療格差、健康格差は経済格差の問題でもあり、生活習慣病をこじらせて腎不全になる人たちは、けっして自堕落なダメな人たちばかりではない。むしろ、社会的な歪みの犠牲者のほうが多いのではないか?

そのあたりの事情を考慮せず、2型糖尿病から腎不全になった患者は、「自堕落なダメ人間だから殺せ!」という主張は、報道人としてはあまりに乱暴すぎる。

長谷川氏は、自分を批判している人たちは、ブログの他の記事を読んでいない。自分のブログを全部、読んでもらえれば、なにが言いたいのかすべてわかるとも繰り返し主張する。しかし、ブログとはそういうメディアだ。特に熱心なファンでもなければ、他の記事まで丹念には読んでくれない。ブログはいつも1話完結なのである。

それを読者に対して「全部読めばわかる」というのは、あまりに俺様目線の物言いだろう。

ただ、このようなことは、今回の「透析患者は殺せ」発言炎上事件の中では些末なことでしかない。長谷川氏のくだんのブログ、そしてその後の発言を見ていると、もっと重要な問題が蔑ろにされていることがわかる。それは、彼の正義の問題だ。

長谷川豊氏の正義はどこに消えた?

騒動の元になった「自業自得の透析患者死ね」記事で長谷川氏が主張したかったのは、自身もブログで書いているように、日本の医療保険制度崩壊の危機である。

ご存じの方も多いと思うが、現在の日本の国民医療費は年間約40兆円だ。

ところで、透析患者は日本に約32万人いると言われている。透析にはひとり年間約500万円の医療費がかかるので、総額で約1兆6千億円の医療費がかかっている。ただし、これは全透析患者の話で、長谷川氏はブログ記事の中で「私の見立てでは…8~9割ほどの患者さんの場合「自業自得」の食生活と生活習慣が原因と言わざるを得ません」と書いているが、一般社団法人日本生活習慣病予防協会のウェブサイトや、糖尿病ネットワークのサイトによれば、透析患者のうち糖尿病性腎症が27〜38%くらいだ。いろいろ調べてみても、どうもこちらの数字のほうが正しいように思える。

計算しやすいように、糖尿病が原因で透析患者になった人を50%とすれば、その医療費は年間8千億円。医療費全体の2%である。

ちなみに、75歳以上の後期高齢者の医療費は14.5兆円である。(厚労省の資料による

仮に後期高齢者の医療費を10%減らすことができたとすれば、医療費は1兆4500億円減らせる。糖尿病性腎症の透析患者全員を殺すより、こちらのほうが医療費抑制という意味でははるかに効果は高い。

つまり、長谷川氏が自身で主張するように、あの記事のテーマが日本の医療費の抑制ということであれば、そのための施策として透析患者をターゲットにするのは理屈に合わないのだ、

これも長谷川氏が自分自身でブログに書いていることだが、長谷川氏は「私は何かを「改善」する場合は、まず「大きな部分」から改善しなければ、何も始まらないと考えています。」。そして、誰がどう考えても、日本の医療保険制度の改善を考える時、「大きな部分」とは透析患者ではなく、高齢者医療の部分だろう。

日本の医療制度最大の問題が老人医療の問題であることは、まともな社会人なら誰だって認識しているだろう。ましてや報道人であれば知らない方がおかしい。それなのに、医療保険の崩壊と透析患者を結びつけて語るのは、これはもう書きたかったのは医療制度の崩壊ではなく「透析患者、死ね」のほうだったのではないかという印象(疑念)を、読者に与えてしまってもしょうがない。そうでなければ、理屈にあわないのだ。

また、後のブログで長谷川氏は、

『御免ですめば警察はいらない』。僕はいつか、透析患者を減らせるように腎移植を推進する働きかけをしていこうと思う。

というタイトルの記事を投稿している。これからは腎移植推進の活動をしていくそうだ。

もちろん、腎移植推進活動を行うことは悪いことでもない。

しかし、今回の騒動の落とし前として腎移植推進を持ち出すのはおかしい。騒動の元になった記事のテーマが「日本の医療費抑制」であり「医療保険制度改革」であれば、あくまでそのようなテーマで落とし前をつけるべきだ。それなのに、とってつけたように腎臓移植に向かう。これでは人工透析への批判(というか暴言)がきっかけで騒動になったから、腎臓に関する何かをやろうと思っただけとしか思えない。長谷川氏のあの記事のテーマは透析患者の救済ではなく、医療制度の崩壊を防ぐことだったはずだ。

このように、長谷川氏の言論には、口数が多い割には(多いから?)主張に一貫性がない。一貫した正義というモノがない。報道人としては、それは致命的な欠陥ではないかと思う。

 

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竹井善昭

CSRコンサルタント、マーケティング・コンサルタント、メディア・プロデューサー。一般社団法人日本女子力推進事業団(ガール・パワー)プロデューサー。

ダイヤモンド・オンラインにて「社会貢献でメシを食うNEXT」連載中。
http://diamond.jp/category/s-social_consumer
◇著書◇「社会貢献でメシを食う」「ジャパニーズ・スピリッツの開国力」(共にダイヤモンド社)。 ◇翻訳書◇「最高の自分が見つかる授業」(Dr.ジョン・ディマティーニ著、フォレスト出版刊)

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