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女性「解放」論再考のすゝめ 第1回:ウーマン・リブ、フェミニズムではない「もう一つの解放」

【改めて「解放」を考える】

日本でアリアナ・スタシノプロスを知っているヒトは少ないだろう。では、アリアナ・ハフィントンはどうだろうか?この”Girl Power Insight”を読んでいる賢明な読者であれば、一度はその名を聞いたことがあると思う。アリアナ・スタシノプロスとは著名なオンラインメディア「ハフィントン・ポスト」の創設者、アリアナ・ハフィントンの旧名である。WP_20160621_22_15_32_Pro

彼女はオピニオンリーダーとしてさまざまな領域において健筆を揮っているが、その著述活動の初期の著作に『女性的女性』(原題”The Female Woman”1973)がある。これは当時政治的にも社会的にも大きな力を持っていた過激なウーマン・リブ(いわゆる「ラディカル・フェミニズム」)の持つ問題点を批判的に考察したものだが、当時23歳の女性が博士論文の準備の傍らに書いたとは思われぬほどの鋭い筆鋒と多くの有益な示唆が含まれており、女性学のテキストとしても白眉といってもよいだろう。

当時と比べて、現在の女性の解放はさまざまな領域で前進しているが、その道のりは順調ではなく、本当の女性の特質の尊重からではなく、経済合理性に基づく「見せかけの解放」も存在する。幸いにもGirl Power Insightに寄稿する機会を得たので、今回は彼女の著作に触れながら女性の解放のあり方について改めて少し考えてみたい。

ウーマン・リブ、現在ではフェミニズムといわれるこの思潮・運動はさまざまな抑圧を受けていた女性を「解放(リベレイション)」するための「モデル」を提供し、その実現を社会に働きかけてきた。1972年に成立したわが国の男女雇用均等法などは、フェミニズムによる女性の解放のケースの1つであるといえよう。

しかし、フェミニズムの解放には2つの問題があった。1つ目の問題は「抑圧された女性の解放」の裏返しとして、男性が持つ男性性(masculinity)とそこからもたらされる男性社会の産物が抑圧の源泉であるとして、これらを「攻撃」するという形を採り、解放を担う女性を「女性闘士(グラディエイター)」としてモデル化し、社会的緊張をもたらした点である。この問題は現在のフェミニズムの論客の顔ぶれやその所論のラディカルさを想起すれば、容易に理解されよう。

2つ目の問題は「解放後(リベレイテッド)」の女性に対する男性社会への門戸の「開放」により、そこに参入した女性が男性社会のロジックに「過剰に適合」 (過剰に適合せざるを得なかったともいえる)することをモデル化した点である。それは女性が女性性(femininity)を「犠牲」に-現状維持やキャリアウーマンとして昇進のために組織内で男性上司や同僚に「媚び」、あるいは結婚や出産を断念したり、行動パターンが男性と類似化-することである。この過剰な適合は女性が自らの特質である女性性と引き替えに「男性化」することで両性の差異を失い、逆に社会を男性性で画一化することにほかならず、却って社会の多様性(diversity)を失わせる結果となってしまった。

前者は攻撃的であるが故に多くの女性の支持を得ることができず、後者は女性が本来有している女性性を犠牲にするために葛藤をもたらした。いまでこそ女性のあり方を問う女性学が開拓され、学術的にはフェミニズムの議論も多様な展開を見せているが、一方でそれらの知見が女性一般に普及していない以上、一般に普及している解放モデルはラディカル・フェミニズムの主張-攻撃的な女権拡張論-のそれと重なり、フェミニズムは多くの女性の支持を得られなかった。このように支持すべきモデルが有効ではなかったからこそ、アリアナが『女性的女性』で提唱したもう一つの「解放(エマンシペイション)」が重要な意味を持つ。

【クリエイティビティの神話に囚われた「解放」】

アリアナの『女性的女性』にも記されているように、ケイト・ミレットやジャーメイン・グリア(いずれも女性)など、当時の代表的なウーマン・リブの主張は出産や育児のように優れて女性性が求められる行いを、クリエイティビティに欠けた行いであり、女性への社会的抑圧としての性的分業と見做し、そのようなポジションにいる女性を「未解放(アンリベレイテッド)」と規定-女性性への侮蔑を表明-した。そして女性はそのような抑圧から解放されてクリエイティブな活動をすべきだと主張しており、その【クリエイティブな活動=解放】とは学問や芸術などの「典型的な知的営為」で自立する女性像を想定していた(いまなら整然とした美しいオフィスで働く高所得のキャリアウーマンも含まれるだろう!)。

現在の女性の多くから見ても、彼女たちの解放モデル、イメージは決してリアルなものだとはいえないだろう。そしてそのリアリティの乏しさは、このヒロイズム的な「クリエイティビティの神話」にあったといっても過言ではない。何故ならば解放されているはずの男性であっても、そのような典型的な知的営為によってクリエイティビティを発揮している者は圧倒的少数派であり、だからといって大多数の男性がクリエイティブな活動をしていない訳ではないからである。多くの男性がよき社会人であろうとし、そのための努力がクリエイティブではないとするのであれば、男性もまた抑圧されていることになる。同様に女性も大多数が研究者、芸術家ではないが、社会の女性の多数派を占める彼女たちの営みは、日々の育児や家事は果たしてクリエイティブではないのだろうか?

【もう一つの「解放」】

アリアナは自著においてミレットやグリアらが主張するウーマン・リブの「解放」に含まれる問題点を指摘し、これとは異なる解放モデルの提示を試みた。ウーマン・リブの解放は”liberation”であり、それは女性性への侮蔑と男性社会への憎悪という攻撃性、一方で女性性を犠牲にした男性化への志向という矛盾、クリエイティビティの神話によって特徴づけられるが、彼女はそのようなラディカルな考え方に対して、”emancipation”という「もう一つの解放」の考え方を提示した。ちなみに”liberation”も”emancipation”もいずれも一般的な英和辞典では「解放」を意味する。

彼女が提示する「解放」、「解放された女性(エマンシペイテッド・ウーマン)」とは、女性と男性の生物学的差異に立脚しながら男性との平等を自覚し、自らの女性性を尊重しながら家庭と職業の両立、あるいはそのいずれかを自律的に選択できる知性と行動力を備えた状態、存在である。WP_20160621_22_15_17_Pro

一見すると当然のことを主張しているように思われるが、当時もいまもこの主張の実現には大きな困難が伴っている。当時のウーマン・リブがとってきた解放戦略は、先述の過剰な適合の問題の故に「男性化する途」だった。今日、女性の多くが学校を卒業すれば、まず職業生活に入るが、その成功や安定を求める過程で社会と所属組織から男性化を求められ、彼女たちはその要求に対して葛藤し、苦悩している。

今日、社会の公式見解として、彼女たちが子供を産み育てたいという自然な欲求は尊重されるべきだとされる。しかしオフィスに行けば多くの上司、あるいは同僚の男性が自分の妻の妊娠を喜んでも、(時としてほかの同僚女性すらも)同僚女性の妊娠は業務の妨げとして喜ばないというダブルスタンダードが実情である。それ故にいまだに現実の女性の多くには家庭と職業、女性性と男性化による職業生活の成功-昨今では最低限の職業生活の確保かもしれない-をトレード・オフにするウーマン・リブ/フェミニズム的解放しか知らされていない。このような「解放」か「葛藤」か、という選択肢しかなかった状況で、アリアナが「もう一つの解放」を提示したことは、女性の解放に関するパースペクティブを広げ、女性の自己認識の整理につながる大きな貢献だったと評価できる。

そして女性を単なる「経済力」、「市場」としか見ていない、「見せかけの解放」が増えた現在、この考え方は引き続き重要な意味を持つ。それは女性が自らの女性性を尊重した解放を自覚しているか?という内省の基準として、社会が女性に提供する解放の「サービス」が、本当に女性性を尊重しているか?の判断基準として、そして社会が真に女性性を尊重しながら女性の解放を推進するために、どのような社会的投資をすべきか?の判断基準としてである。『女性的女性』は絶版して久しいが、アリアナの解放のパースペクティブは女性性を考える上で、いまも重要な問いを提起し続けている。(以上)

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泉 貴嗣(いずみ よしつぐ)

泉 貴嗣(いずみ よしつぐ)

CSRエバンジェリスト「允治社」代表、第一カッター興業㈱監査役、静岡市CSR企業表彰専門委員会 委員長。
大学の研究員、講師としてCSR教育や産学連携教育などを担当した後、独立。自治体が直接企業のCSR経営を認証する初めての取り組み「さいたま市CSRチャレンジ企業認証制度」、「静岡市CSRパートナー企業表彰制度」の制度設計などを手掛ける他、上場企業の監査役も兼務。CSR以外にも女性学にも造詣が深い。

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